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◉望月商店 望月太郎社長
リアル店舗重視戦略でコロナ危機乗り越える
神奈川県厚木市に店舗を構える大正8年創業の老舗酒店、望月商店。全国各地の銘酒が店頭に並ぶ地酒専門店として、全国の日本酒ファンに知られている。
徹底的にリアル店舗を重視した経営でコロナ危機を乗り越えた望月太郎社長の戦略に迫った。
望月商店の本社兼店舗は、国内外で多くの受賞歴を持つ建築家である石川素樹氏のデザイン。和のテイストを感じさせる藍染めののれんや杉玉、半円状のデザインが特徴的な入り口をくぐると、全国から厳選された日本酒が整然とディスプレーされた店内が目に飛び込んでくる。日本酒のほかにも本格焼酎やワイン、クラフトビールなど品ぞろえは豊富で、長時間滞在したくなるようなワクワクする空間だ。飲食店などへの販売が売り上げの柱だが、地元厚木市や神奈川県、東京都などから足を運ぶ個人の常連客も多い。望月社長は、そうしたリピーターが「いいお店がある」と知人や家族を連れてくるケースもたびたびあるという。
「父親の手に連れられてきたお子さんが成人し、『就職して初めての給料で父にお酒をプレゼントしたい。父が喜ぶのはどんなお酒ですか』と相談に来られたこともありました。そうしたときは本当にこの商売をやっていてよかったと思いますね」
インターネット販売を一切行っていないのも同社の大きな特徴だ。望月社長はその理由について次のように答える。
「顔の見える商売を大事にしていること。お酒は第一に嗜好品なので、お客さまの好みを正確に把握することが何より重要です。そのためには顔を見て実際にコミュニケーションをとることが必要で、何げない会話を交わしたり、過去に飲んだ日本酒の味について感想を聞いたり、体験を共有したりしないと、自信をもって商品をおすすめすることはできません」
地酒に対する深い理解と丁寧な接客で蔵元と顧客双方から高く評価されている望月商店の経営姿勢について、顧問契約を結ぶライトハウス税理士法人の猪熊正美税理士も次のように賞賛する。
「2019年6月に創業100周年式典を帝国ホテル(東京都千代田区)で盛大に執り行いましたが、日本全国から170人を超える関係者が集まりました。特に蔵元からは絶大な信頼を寄せられています。取り扱い商品は5000を超え、倉庫も含め同社の店舗はお酒ミュージアムと呼んでいいほどだと思います」
全国の日本酒通をうならせる個性的な店舗づくりを進めたのは、望月社長の父である望月喜代志会長である。酒販売自由化の波が押し寄せディスカウント店が急速に普及しはじめた1983年頃、年代初頭、売り上げの6割以上をビールが占める典型的な「町の酒屋」だった同店は、大胆なモデルチェンジに成功した。酒類全体の消費額が減少しつつあるなか、当時唯一伸びていた日本酒(地酒)に注目。大量生産品ではない地酒の専門店として生まれ変わったのである。望月会長は、全国新酒鑑評会や地酒専門店との交流情報をもとに蔵元に足を運んで、目で見て舌で確かめた納得の商品をコツコツと集めた。
「お酒がうまいことはもちろん、地元の評価や酒造りの方向性、企業としての姿勢も加味して取引先を決めています。一言でいえば『心のある蔵元』です」(望月会長)
望月太郎社長
有限会社望月商店
業種:酒類販売業
創業:1919年
所在地:神奈川県厚木市旭町3-17-27
売上高:約7億円
従業員数:14名(パート含む)
URL:https://motimoti.com/
建築専門誌にも取り上げられた店舗
一方、東京都内の紙商社を経て2002年に望月商店に入社した望月社長は、父の地酒専門店路線をそのまま受け継いだ。倉庫での作業や配達などの裏方で業務を学び、蔵元での試飲会が開催されれば父親に同行して商品知識を習得。こうして数年かけ既存の取引先に顔を覚えてもらい、次第に新規の蔵元の開拓を担うようになる。さらに2012年から「落語と日本酒を楽しむ会」を新橋演舞場(東京都)で定期開催するなど異業種とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいった。
リアル店舗にこだわり抜く経営を貫いたうえで集客チャンネルの多様化にも取り組んだ望月社長の戦略により、同社は継続的な成長を実現。創業家一族を除く従業員数は望月社長が入社した当初の1人から14人に増えた。2019年の創業100周年式典では、事業承継をその年の10月に行うことを公表。ライトハウス税理士法人の猪熊正美税理士の支援を受け、特例事業承継制度を活用した事業承継を実施することも決まっていた。
事業承継に死角なしと思われたところに起こったのが、2020年春からのコロナショックである。緊急事態宣言による取引先の飲食店の休業、来店客の激減は同社の経営を直撃した。この緊急事態に望月社長が真っ先に頼ったのが、猪熊税理士である。
「この時は猪熊先生に相談に乗っていただき、本当に助かりました。『大幅に減った現在の売上高の状況でうちはどれくらい持ちますか』と単刀直入に聞いたところ、猪熊先生はすぐに数種類の想定をもとにしたシミュレーションをしてくれたのです。その結果は、『敵の攻撃に籠城したまま何も手を打つことなく兵糧が尽きるまで待った場合は2年半』というものでした。この報告を受けた翌日の朝礼で私は全社員を前に、『売り上げが1年間戻らなくても給料を減らしたり、解雇したりすることはないから、変な売り方をするのだけはやめてほしい』と伝えました」(望月社長)
全く先が見通せない非常事態であっても、会社の余力が具体的な数字で把握できれば安心感を持つことができる。望月社長は「1年間売り上げが戻らなかったら役員報酬を減らす」と覚悟を決め、打開策を実施していくことにした。籠城したままで良しとするのではなく、攻めの経営を進めることにしたのである。その際大きな役割を果たしたのが、従業員の自発的な行動だった。
「うれしかったのは、時間に余裕ができたスタッフの中から、『インスタライブ』(インスタグラムのアプリ内で利用できるライブ配信機能)で情報発信したいという声が上がってきたこと。継続することを条件にやらせてみたところ、これが大好評になったのです。一時的に対面での商売が大きく制限されたなか、スタッフが入荷情報やおすすめのお酒についての味を新たな客層に直接伝えられる貴重な場になりました」
インスタライブは毎週金曜日の午後6時から1時間程度配信。2年以上継続して取り組んできた結果、毎回の視聴者数は3000人近く、フォロワー数は約1万人に達し、過去の配信を視聴して店舗を訪れる人も出始めたという。卸先の飲食店からも「最新情報が確認できるのでとても便利」と高く評価されている。
さらにコロナショックで定期的な試飲会が軒並み中止になったことから、代わりに参加者限定かつ入れ替え制の「もちもちサンデー勉強会」を毎週日曜日に開催。店舗2階のスペースでソーシャルディスタンスを保ちながら日本酒をテイスティングし、酒米や酵母の種類などの基礎知識や各銘柄の特徴を学ぶ。講師はスタッフが交代で務めるが、インプットする商品知識の量とそれをアウトプットする機会が増えたので、スキルアップにつながっているという。
こうした取り組みの結果、4月は前年同月比50%未満だった売上高は、5月に65%まで回復、8月には90%まで戻した。難局を全社一丸となって乗り切ったのである。飲食店向けの需要も回復し、その後2年で売り上げは約40%伸びた。
「『お酒の伝道師』として今後もお酒のよさをあらゆる人に届けたい」と語る望月社長。今後は駐車場の拡大やお酒に合う料理を提供することができるイベントスペースの開設を通じ、さらなる顧客満足度向上を目指す計画だ。